配信が終わる直前、画面にはまだ萱璃那の笑顔が残っていた。
それは、地獄でのバイト生活の中で、七七四十九回目に人間へ向けて告げる「おやすみ」だった。
上品で、きちんとしていて、まつ毛の角度に至るまで、まるで地獄の研修所で完璧に仕込まれたかのような笑顔。
萱璃那は口元をわずかに緩め、いつも通りの決まり文句を口にする。
「それじゃあ、今日の配信はここまで……みんな、おやすみ。また縁があったら会いましょう」
チャット欄は、まるで別れを惜しむかのように、泣き顔の絵文字で埋め尽くされた。
配信終了のボタンが押され、画面は一瞬で暗転する。
人間側の配信は終わった。けれど、本当の仕事は、ここからだった。
「……やっと終わった」
萱璃那は深く息をつき、椅子の背にもたれかかる。
指先が、かすかに震えていた。
「この一年、貯金どころか……むしろ赤字じゃん」
「このままじゃ、あの時代に戻って、あの人に会うなんて……いつになるかわからない」
その時、地獄の無線が、ノイズ混じりに割り込んできた。
「萱璃那。お前、自分の法力が残り少ないの、わかってるだろ」
「このまま戻らなければ、人間界で真の姿が現れるぞ」
「はいはい、わかってますよー」
萱璃那は、不満そうに言い返す。
「でもさ、人間界って可愛い子いっぱいだし、ウサギも猫も吸血鬼も配信してるし。ちょっとくらい、本当の姿で交流してもよくない?」
「ふざけるな。お前は伴侶がいる身だろ」
「ここで金を稼いでいるのも、すべて彼女に会うためじゃないか」
「……やめて」
萱璃那の声が、低く沈んだ。
「いちいち、彼女の話を持ち出さないで」
「そもそも、あの安倍とかいう奴に封印されたのだって……彼女がいたからでしょう?」
ズキン。
「……痛っ!」
尾骶骨が焼けるように痛む。
頭の奥まで、鋭い衝撃が走った。
「なに、これ……。待って、やめて……!」
その瞬間、彼女の法力は完全に尽きた。
頭の上に、ふわりと毛並みの柔らかい、尖った耳が現れる。
背中からは、一、二……五……そして、九本。
「九尾」。
萱璃那はその場にうずくまり、必死に尾を抱え込んだ。
「最悪……こんなタイミングで封印とか、マジでやめて……!」
そこは、渋谷のど真ん中だった。
「……あ、あのっ。もしかして……萱璃那さん、ですか?」
「やばい……」
まさか自分が、こんな場所で突撃されるなんて。
「ついに正体を現したわね、この狐女」
「人のことを勝手に嫁とか呼びまくって……私の気持ち、考えたことある」
「ち、近づかないで」
次の瞬間、
視界が、真っ暗になる。
「……ここは……どこ……?」
両手には、冷たい感触。
金属が、皮膚に食い込む痛み。
「だれか……助けて……」
その時、聞き覚えのない女の声がした。
「あなた……どうして、こんなところに?」
「……誰? あなた……私を、助けに来たの……?」